昨日15日は言わずもがなの終戦記念日。ぶつ切り、細切れながらもNHK「日本の、これから-アジアの中の日本〜戦後60年・互いの理解をどう深めるのか-」を視る(ただし7時半から9時半のあいだのみ)。
先日、外務省のサイトに歴史問題に関するQ&A、その名もズバリ「歴史問題Q&A」なるコンテンツが掲載されてましたが「日本の、これから」に出ていた町村外相もコレに沿った立場でモノを言っていたように感じました(Q9の東京裁判に関するコメントなんかが象徴的。サンフランシスコ平和条約がある以上、テレビでは「政府の閣僚として」ああいう他なしってことでしょうか)。
コンテンツを読む限り、中韓に対しては「ひたすら恭順」の姿勢をとっているように見えますが、同時に条約的にはあくまでも「解決済み」というスタンスも読み取れます。
個人的に「名を捨てて実を」取ろうという姿勢には一応納得はしておきますが、条約という形で決着をつけているはずなのに、自国の政府を飛び越して他国に賠償もとめる中韓の態度をみていると、幕末維新期における条約破却論を思い出してしまう今日このごろ。
かつて井伊〜安藤内閣が降り出した「攘夷の手形」を履行させるべく、文久二年に攘夷督促の勅使が江戸に下向することになるわけですが、そこで幕閣のあいだでは前内閣の約束にしたがい、安政条約を破却するか否かをせまられることになります。
このとき横井小楠をブレーンとする松平春嶽は「攘夷の聖旨をうけ一旦条約を破却し、必戦の覚悟をさだめたうえで国内の意見を統一。改めて条約を結ぼう」と考えるわけですが、一橋慶喜は「安政条約が勅許のない不正なる条約とはいえ、これは国内問題であり、外国にすれば政府間で取り結んだ正当なる条約である。破却論が外国に納得せらるるはずもない」との意見で反対の立場をとります。
この意見には元来開国派である松平春嶽・横井小楠らのグループも納得し、上京のうえ朝廷の説得にあたるよう慶喜にすすめますが、結局は慶喜が遅疑しているうちに勅使は江戸に到着し、このことは取りやめになります。
また言及するまでもないんですが、政権が根本的に異なる明治新政府にしろ、幕府から不平等条約を引き継ぎ、文字通り血を流すような努力をして条約を改正してゆくことになるわけです。
つまり、上記のような例をひいたうえで何を言いたいのかというと「中韓は国家間の条約を何だと思っとんじゃいヽ(`Д´)ノ」つーことです(笑)。
法治国家ならぬ、人治国家なのかと。