朝廷(組織)史からの目
ブログ-11.21記【幕末朝廷における近臣】膏肓記
ドモ、今年下半期、正確には6月の福井・京都旅行から帰ってからこっち、なぜだか「国学」(おもに歌学・神学・語学・故実・古典)に俄然興味のわきだしている松裕堂です。
理由については、橘曙覧・妙玄寺義門・伴信友・天皇陵・時雨殿などなど、それら史跡に感化されたのかは謎ですが、最近では岩波書店の『日本思想大系』(の国学関係書籍)、学燈社の所謂「必携」シリーズ、新典社の『日本の作家』シリーズ、岩波文庫・講談社学術文庫などのうち国文系の本などについて、興味のひかれるままに読んでます。
そのせいか、上位文化(ハイカルチャー)の形成者としての”朝廷”やその”組織”にも興味がわいて来たところで、ふと作家桐野作人氏の上記ブログが目にとまりました。
読了後、漠然とですが「朝廷組織の変遷から幕末史を眺めてみるのも、また有意義かも知れないなぁ」とか思ったりした今日このごろです。古代から近世といった朝廷(組織)史全体に詳しい史家から観た幕末朝廷(組織)史、みたいな論考自体、個人的には知らないですし。
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コメント
松裕堂さん
お久しぶりです。
トラックバック有難うございます。
じつは、この機能を使ったのが今回初めてで、よくわかっておりません。うまく使いこなせていなかったら、お許し下さい。
ご指摘のように、朝廷や公家から見た幕末史も面白いですね。文久期まではそうでもないですが、慶応期になると、俄然朝廷や公家(とくに議奏)の力が強くなり、朝廷と幕府、朝廷と諸藩の力関係が変わってきます。むろん、前者有利です。
なぜそうなっていくのか、そのメカニズムの解明に私も興味あります。
国学も面白いですね。政治的な役割としての国学運動については、宮地正人氏がいろいろ書いています。ご存じだと思いますが。
今後ともよろしく。
投稿 桐野作人 | 2006.11.22 11:14
桐野作人さん、当方の取り留めないブログ(笑)にまでコメントありがとうございます。松裕堂です。
>文久期まではそうでもないですが
文久期の朝廷や公家となると、それこそ所謂「尊攘激派」の勢いにひっぱられている印象がつよいですし、それ以前の安政期における朝幕交渉ともなると、もっぱら関白など上層主導の観がつよいですね。
>なぜそうなっていくのか、そのメカニズムの解明に私も興味あります。
同感です。
朝廷という組織が古代〜中世とは当然異なる近世末期という時代環境において、組織全体としては無意識にかも知れませんが「如何に政治に向き合うのか」を試行錯誤し、どう朝幕の力関係に変化が生まれたのか、組織システムの面などから個人的には興味があります。
あと、”有職故実”などの知識があれば、官職の文化面から観た差異などにもふれられそうで、個人的には「面白いかな」と思ったりもする今日このごろです(笑)。
>政治的な役割としての国学運動については、宮地正人氏がいろいろ書いています
そういえば、2004年の国立歴史民俗博物館の特別展示では、平田篤胤についてテーマが組まれていたみたいですね。秋田県人としては、氏の”単行本”として平田篤胤ないし平田国学の本を読んでみたいです。
投稿 松裕堂 | 2006.11.23 09:30
>松裕堂さん
>2004年の国立歴史民俗博物館の特別展示では、平田篤胤についてテーマが組まれていたみたいですね。
この展示、見てきました。壮大な展示でしたよ。平田国学の世界がいろいろな面から考察されていました。とくに江戸の平田家の日記である「気吹屋日記」を、入館者がコピーで見られるなど、市民向けの工夫もよかったです。私はその日記で薩摩藩士の出入りや相楽総三の形跡を見てきました。
>秋田県人としては、氏の”単行本”として平田篤胤ないし平田国学の本を読んでみたいです。
単著ではないですが、「日本の近世」シリーズ(中央公論社)の18近代国家への志向のなかに、宮地氏が「幕末平田国学と政治情報」という論文を書いています。平田家の動向や考え、とくに秋田藩との関わりがよくわかります。全国に門下生をもつ平田家の情報網は秋田藩にとって大変重要だったようです。平田家と秋田藩の持ちつ持たれつの関係が明らかにされていて面白かったです。
図書館にも置いてある可能性がありますし、古書でもまだ入手可能だと思います。
投稿 | 2006.11.23 10:47
すみません。先ほどのコメント、私でしたが、名前書き忘れました。失礼しました。
投稿 桐野作人 | 2006.11.23 10:49
>この展示、見てきました。壮大な展示でしたよ。
それは率直に羨ましい。秋田県では歴史系の施設展示自体が珍しいので、その手の機会にめぐれている方々が、正直うらめしい今日このごろ(笑)。
>江戸の平田家の日記である「気吹屋日記」
平田関係の刊行資料となると、名著出版から全集本(『新修平田篤胤全集』)がでていますが、たしかソレにも収録されてませんね。この「気吹屋日記」。
『新修平田篤胤全集』は、篤胤の著作でほとんどが占められているようで、書簡や日記など、当時の”社会”との関わりを知りたいと思っている私としては、手掛かり乏しくてチト弱り気味です。伝記以上のことを知るとなると、敷居が高くて難渋してます。
>私はその日記で薩摩藩士の出入りや相楽総三の形跡を見てきました。
以前、私が鹿児島県に旅行したさい、鹿児島市内の公園で「後醍院真柱」なる平田派人物の碑をみかけましたが、このほかにも薩摩藩にはけっこうな数(公称64人)の平田派門下がいたみたいですね。篤胤は島津重豪にも庇護されたという話ですから、その影響なんでしょうか。
>「日本の近世」シリーズ(中央公論社)の18近代国家への志向
なにやら私の知りたい事項にズバリ当たっているようで、ちかいうちに図書館にないかまず探してみようと思います。とりえあず図書館は期待薄なので(笑)、おそらく古書店にあたることになりそうですが、情報ありがとうござました。
書き込み後、追記:本文をアップ後、一寸調べてみましたが「気吹屋日記」や書簡は渡辺金造『平田篤胤研究』におさめられているみたいです。ちかいうちに機会をつくって読んでみようかと思います。
投稿 松裕堂 | 2006.11.24 11:48